ぷー

 

梅雨のさなかの日曜日。相棒と船形山麓の沢に入った。尾根まで詰めて別の沢の源頭から再入渓。沢下りして周回。登攀も懸垂下降も困難な滝が登りにも降りにも1つずつあるがそこは大きく巻いて。そんな予定だった。

 

入渓してしばらく、ちょっといやらしいところで増水もしているのでロープを出す。わたしは立ち木のそばで確保役である。ともに準備ができると相棒がへつりながら進みだした。数m進むと、灌木に中間支点をこさえ始める。ここまでは何の問題もなかった。梅雨のさなかの日曜日。平和な沢で、平和なへつり。熊でも出てこなければいたって平和な日常だ。まったく問題ない。

 

ちょっといやらしい箇所。

 

しかし、ロープを準備している最中に、実は小さな違和感を感じていた。中間支点の作成にやたら時間のかかっている相棒を不安な面持ちで見つめる。やがてその違和感は顕在化した。大丈夫だろうか。虫と雨が顔にまとわりついて鬱陶しいが、確保している右手のロープは離せないし、目はそらせない。相棒の挙動を凝視しながら確保を続ける。やがて相棒が向こう側に辿り着くと最終支点をこさえ始めたが なかなか終わらない。せめて自己確保だけさっさと済まして開放してほしいのだが。急いで伝えなければならないのだ。確保の体制を維持したまま、真剣な形相で相棒の所作をじりじりと見つめる。

 

 

ようやく笛の合図が入る。いろいろ手順をすっ飛ばし、”準備OK、来てよい” の合図だった。ロープが引かれる。いやしかし、今ここでロープに引かれて進む訳には行かなかった。身を乗り出して相棒に急いで伝える。「ぷー!」(英語で記すことにしておく) されど声は届かない。沢音に雨音。10mも離れるとなかなか沢では声が通らない。何かしら起こっていると相棒も気づいている様子だがよくわからないようだ。さっさと来い、という感じでさらにロープが引かれる。もちろん行くわけには行かなかった。行けばヘツリの途中で惨劇を迎える可能性がある。「ぷー!ぷー!」顔を真赤にしてがんばって声を出す。しかし届かない。相棒は声がでかい。「なにー? 聞こえない!」 時間が惜しい。必死に連呼する。「ぷー!ぷー!ぷー!」 しかし、声は届かなかった。

 

 

一向にやって来ようとしないわたしに痺れを切らし、やがて相棒はロープをたどって戻ってきた。何事があったのかと真剣に聞いてくる。答える。「ぷーだよ、ちょっと待ってほしかったんだ・・・」 「なんだ、ぷーか!全然聞こえなかった!」 ゲラゲラ笑いながら戻っていった。

 

その後、事が済むと、相棒と合流して言葉を交わす。「おっきなぷーぷ」「帰りは足元に気をつけよう」「しかしいろんなことがあるね」「合図を決めておかなければならないね」「けど笛では難しいよね」 われら二人は思案した。人生の悲劇はぷーから起こることもあるのだ。一笑に付して終わらせてはならない。

 

相棒が閃く。「こういうポーズ取って、お尻あたりで手をぱっぱで伝わるんじゃね?」 「おまい天才か?」 そうだそうしよう。今度はそうしよう。綺麗な沢であまり ぷーぷー 言うべきじゃないもんな。さっそく二人でぷーサインを練習する。

 

 

梅雨のさなかの日曜日。ぷーがぷーぷー叫んで、おっきなぷー、ふたりで一緒にぷーポーズ。平和な沢の平和な日常。沢楽し。

 

 

 

 

ぷー(poo, poop) :英口語でうんちするを意味する。

 

用例

「poo!(ぷー!):うんちする!」

「pooped!(ぷーぷ!):うんちでた」

 

文中用例

「おっきなぷーぷ: おっきなうんちでた」