駒止の滝の記憶(2021.6)
6月。暑い日が増えてきた。そろそろ沢の季節だ。平日ながら今日も沢で涼みたくなるような暑い日だった。仕事をしていると警察に落とし物が届いているとの連絡があった。身に覚えは……あるあるだ。ちょうど1年前の夏。大行沢は駒止の滝。えらい緊張しながらもはじめてトップで登った滝。そこが現場だ。その顛末を記しておこうと思う。
駒止の滝。沢登りをする人にはよく知られる滝だ。大行(おおなめ)沢の中程にある[地理院地図]。大行沢の上流部は天国のナメとして知られ、上流部のナメだけなら沢歩きとしても楽しめるが、下流部は沢登りだ。といっても初心者向きで、沢登り入門の沢としてよく使われる。駒止の滝を初めて目にしたのは、沢登り初心者講習会の時だった。落差は数m程でそれほどでもないのだが、なんというかこの滝、実際に目の前にするとえらい迫力がある。つーか、沢登りのド素人、かつ、よじ登るのが苦手な私にとっては、初めて見る(登る)そういう滝であったし度肝を抜かれた。「え・・・これ登るの、やだ、帰りたい・・・」
おしっこちびりそうになりながら呆然と見つめていると、主催する山岳会のトップの人が時折りハンマーでハーケンを打ちこみ、プロテクションを取りながらロープを引いて登っていった。やだカッコいい。その後、講習参加者が順次登っていく。自分の番が来る。顔がひきつる。ところが、近づいてみると遠目ほど怖くはないもので、登ってみればわたしも普通に登れた。といってもびびりながらだったけどね。足をかけるステップの間隔が一箇所だけやや遠いため、女子は結構苦労していた。小柄な女子の多くはロープで引っ張り上げられながら登っていた。
この滝は、手がかり足がかりは多いので難易度は大したことはない。とはいっても落ちたらただ事ではないだろう。特に滝壺は深そうなので飲み込まれたら出てこれるか分からなそうだ。ということでロープは必須だと思われる滝である。ノーロープで登っちゃう人もおられるだろうけど私はごめんだ。おしっこ漏れる。まぁそんな滝である。この大行沢。その後も何度も何度も行ってロープワークやら何やら練習をした沢である。
とある日、もう何度目か分からないが、仲間と3人で大行沢に入った。ロープの色んな結び方も覚え、登攀器具もそこそこ使えるようになり、確保の仕方を何度も練習した。自分達で登ってみようと思ったのだ。力試しっていうやつだ。こんなわたしではあったが、トップでこの滝を登るつもりで駒止の滝に向かったのだ。
緊張していた。スマホをいれたポーチをザックのショルダーにカラビナでかけたままだった。沢ではぶらんぶらんな携行品は禁物である。付属の携行品を持つならばバックアップをしっかりしておかなければならない。滝を登ることにばかり頭がいって、細かいところに気を回す余裕がなかった。案の定というか、滝の中ほどのところの段差をぐいっと上る時、岩と体の間に挟まったポーチは何かの拍子に外れて脱落したようだ。外れた瞬間も見ていないものだから外れたのも知らない。うまいこと足元に落ちて引っかかっていたのだろうに、それを蹴り落として滝に飲まれてしまった。なんぞ?って感じで下でビレイしている相棒の仕草が面白い。ペンキが塗られた小石が落ちてきたと思ったそうだ。
落としたことに気づいたのは滝の上。後続用のロープのセットアップが済んだ頃。おら登ったぞ、さぁ、おまいらも登ってこい! なんて勇ましい気持ちだったのもつかの間。青ざめた。その後、3人で小一時間ぐらいは捜索したものの見つからない。下流に流れたのか、滝壺に飲まれたままなのかも分からない。早々に捜索は諦めた。一般登山道が近くにあるとはいえ沢は沢。きちんと身支度しないまま登って落とした自分が悪いのだ。深追いせずに諦め、予定していたロープワークを少しこなして下山した。
電波の届かない場所だし、ましてや水の中。GPSを使っての遠隔捜索も不可能だ。警察に紛失物として届け、ドコモのケータイ保証サービスを利用することとなった。わたしのスマホ、駒止の滝壺で永遠に眠ることになるだろう・・・。永久(とわ)に。
なーんて思っていたのに、ちょうど1年後、どこかの沢登りするどなたかが沢で見つけて拾ってくれたのだろう。それを届けてくれたという結末である。しかし、警察で経緯を聞くと、その沢の近くの車道に落ちていたらしい。誰が拾ってくれたのかは分からないので詳しくは聞けない。なぜ道路? 沢じゃないの? はて? 鯉のようにピチピチ跳ねて道路まで上がってきた? 謎は深まる。とはいえ大行沢。駒止の滝。色んな意味で思い出に残る沢、思い出に残る滝となったのであった。めでたしめでたし。
ところでスマホ紛失の事件を他にもしこたま持つ私。吹雪の新川岳で敢行された知恵と根性のスマホ救出大作戦の事件簿もあるのだが、それはまた別の機会に。
そして、届けていただいた方、誠にありがとうございますm(_ _)m