大畑山の記憶。(2021.5)
大畑山。旗坂キャンプ場に向かう道すがら、大和町沢渡集落の手前に広がる田んぼのあたりで左を見やれば目にする山である[地理院地図]。県道から見える北東側の斜面はパッチワークのように植林されているが、横長に広がる尾根は優美だ。縦走のあと「(新庄)神室を小さくしたみたいな尾根だな!」と仲間が言っていた。たしかにそんな面影がある。大和神室といったところか。
幾度となく眺めていたこの山を右から左に歩いてみたかった。田んぼの広がる大和町の沢渡地区から尾根に上がり(写真右側)、下山は若畑地区のあたりの尾根を使って降りる(写真左奥)感じで考えていた。地図に登山道の表記された区間もあるが、恐らく藪山になっていると予想された。雪があればともかく、春から秋は訪れる人もほとんど無いだろう。そんなところも尚好ましく思われた。「大畑山縦走しようぜ!」 山仲間の二人を誘った。ひとりはこよなく熊を愛する髭面のAさん。もうひとりはこよなく熊を恐れる華奢なBさんだ。どこぞの山か聞いたこともないのだろう。「どこ?」 場所を聞いてきた。地図で示す。刹那、「くまくま牧場!」 Bさんはそう言い放ったが最後、貝のように口を閉ざした。熊の生息地として知られる嘉太神(かだいじん)地区のすぐそばにある山だったのである。
その後、Aさんと一緒になって、「大丈夫だよ!熊なんてどこにでもいるし!」「道だってほら地図に書いてあるし!」とかいって何とかだまくらかそうとしたがダメだった。Bさんも最近は学習したようだ。地図に登山道の表記があろうが藪化しており、まともに歩けるとは限らないことを今はもう知っている。昔はチョロかったのだが最近は難易度が上がってしまった。簡単には騙されない。二人で説得を続けたが、岩戸に籠もって怯えるかのようにBさんは出てこなくなった。
「大畑山に行こう!」それでも諦めずに週末が近づくたびに声をかけ続けた。何度目かになるとようやくBさんも観念した。遂に出たOKの返事。気が変わらないうちに計画を立てなければ。せっかくなのでAさんにやってもらう。歩行予定距離の算出、歩行時間の見積もり。簡単にそれらのやり方を教えるとAさんは楽しそうに距離と時間をはじきはじめた。その後、グーグルマップやストリートビューを使って、車の駐車地点があるかといった確認も始めていた。自分で計画を立てようとすると、装備や時間を含めて、自然とこういことが気になるものだ。いいことだ。山行計画が立てられるようになると、色んな場所に、色んな山行ができるようになる。山が広がる。
当日。行く決心をしたBさんであるが、熊のことが頭から離れず、朝のコンビニでは、手が汗でびっしょりだと言っている。そこまで怖いのか。もっと怖い沢や藪にさんざん行ってるというのに。なんでも、そこら中に熊が駆けずり回る想像をしているらしい。そんな訳あるか。サファリパークじゃあるまいし。地図に見た「嘉太神」というワードの威力。いと凄まじきかな。
下山予定地点に車の一台をデポし、もう一台で登山開始予定地に向かう。今回はAさんに任せきりだったわたしは、スマホを忘れて取りに戻ったり、昼食を車に置き割れたりと気が緩みまくっていた。反省。お昼は緊急用の非常食ですませた。
当の大畑山であるが、何とも好ましい尾根をもつ山だった。獣道にもなっているであろう尾根には、おっきな熊のうんちや、おっきな熊の寝所に見えるような場所や、おっきな熊が木登りしたであろう引っかき傷も多数あった。おっきな熊と一緒にピクニックしたら最高だと思えるような場所もあった。我々はときおり歌を聞きながら大畑山の森を楽しんだ。「あるーひ もりのなか ♫ くまさーんの ねどこが ♫ 花咲くもりのみちー くまさんのーおっきなうんちー ♫」 ヤシオとツツジが咲き乱れる尾根はたいそう素晴らしかった。熊的事情により延期に延期を重ねていたが、結果としては、ツツジとヤシオがわんさと咲く 華やかな尾根を歩くことができた訳で ラッキーだった。
若畑地区に伸びる尾根を辿り山を下る。
何ともいえない充足感とともに縦走を終えた。
秋に山が色づく頃。春にツツジが咲く頃。また訪れたい。