僕と君の分水嶺
「分水嶺」
- 分水界になっている山稜 (さんりょう) 。分水山脈。日本海と太平洋の分水界の狭間を中央分水嶺と呼ぶ。
- 水の利権に絡むことから、東北での東西を分かつ県境は中央分水嶺に引かれていることが多い。
- 《1が、雨水が異なる水系に分かれる場所であることから》物事の方向性が決まる分かれ目のたとえ。
山歩きに旅情や浪漫を求めるなら、分水嶺を辿ることに憧れを抱く人は少なからずいるだろう。足元を境に、右に落ちる雨は太平洋へ。左に落ちる雨は日本海へと流れ着く。そんな分水界の境界が分水嶺。モーゼが水を分かち 海原を渡ったかのように。水界を分かつ分水嶺の一部を辿るんだ。はからずもそこは日本列島の背骨たる脊梁の主脈、中央分水嶺だ。県境にほど近い面白山高原駅から登り始め、主峰 面白山、ついで 船倉連山を乗っ越して、古来の関 関山大峠 を越えれば、現代の峠 関山トンネル へと主脈は至る。尾根を一度も外さずに繋がる線。わくわくしながら引いた線。何度も眺めた地図に引いた赤い線。この一本の線を辿るんだ。これを浪漫行と言わずして何と言う。
11月も半ば、雪積前の僅かな期間でしか叶わない。藪尾根を北へ北へと辿る僕らの浪漫行。無雪期だからこそ 一層の旅情を纏うんだ。そんな旅の静かな夜。上空で吠える初冬の風。ツェルトにあたる冷たいみぞれ。寒く、心細いけれど、明日への期待に胸が高鳴る。そんな夜を僕は綴りたかったんだ。なんだけどね。綴ってはみたものの しっくりこなかったんだ。これはお蔵入りだなと ほっぽっておいた手記なのさ。
ところが、旅を共にした相棒から届いた詩によって日の目を浴びることになったんだ。そんな 僕の手記 と 相棒の詩 を紹介しようと思う。
ポタ ポタ
滴が落ちる音に起こされた
コー ゴーゴー ヒュオー
尾根とはいえ 鞍部のここに風はない
上空では 初冬の風が冬を呼び込まんと しきりに唸る
いい場所を選べたと安堵する
ス スス ススス
寒さ慣れしていない体に堪える初冬の夜
結露した滴をそっとタオルで拭き取った
ポツン カツ パツ
天幕に落ちるは 雨粒か 霙か はたまた雪か
まだ慣れないツェルトの夜
天幕に当たる音に広がる不安
ガサガサ カササ
小さな獣の歩く音
大きな獣は来ないでくれよと静かに願う
グガーグガー
隣の天幕で寝る相棒 夜を賑やかに楽んでいる
なんだか気持ちが安らいだ
トクトクトク
残ったワインを静かに注ぐ
人里離れた深い山の中
山が奏でる音を肴に酒を飲む
トクン トクン
明日はどんな冒険になるだろう
期待と不安に膨らむ心音が子守唄
再び僕は目を閉じた
読み返すもしっくりこない。肌に感じた初冬の深山の気配を表せない。ナルちっくだし、パンチも足りず、ウィットも無い。エッセイとして及第点に程遠い。「・・・このまま お蔵入りだな」 と、旅を共にした相棒に報告してみたんだ。いつも元気で朗らかな相棒は、その報告を受けると、一遍の詩を書いて 送って寄越してくれたんだ。
ロマンチックな手記に、彼の詩が合わされば、素敵なエッセイが出来上がる。
「僕と君の分水嶺」とでも名付けよう。
お蔵入りする予定だった僕の手記は 彼の詩のおかげで日の目を浴びられるかもしれない。
はやる気持ちを抑えて、期待を胸に、彼が送って寄越した詩を読んでみた。
君は日本海
僕 太平洋
楽しい立ちション
分水嶺
ひどすぎた。
腹よじれた。
微妙に韻を踏んでいるのが小憎たらしい。
しれっと私を日本海側に追いやり、自分は太平洋側を取っているところもイラッと来る。
いやいや、君は天才だ。
「分水嶺」
分かれる場所であることから物事の方向性が決まる分かれ目のたとえ。
僕らはいろいろと方向性は違うが馬が合う。
そんな僕らが旅した分水嶺。
分水嶺に感じる浪漫も僕らはそれぞれ違う。
立ちション で分かつ分水嶺。