前森の記憶 -bugs- (2021.7)

梅雨明け10日とはよくいったものだ。雨季が終わり、晴天になりやすい期間だ。本格的な夏に向けての準備期間ともいえる。しかし今年は変な梅雨だった。仙台では風物詩ともいえるヤマセ。その寒いシトシトした日がほとんどないまま 梅雨前線が北上。そして東日本が先に梅雨明けとなった。随分と早い。とはいえ、この期間は梅雨も開けて 気分もハッピーになる。午後からの雷雨の心配はあれど、高所から登れる高山の稜線歩きに適した時期だろう。ここらだと月山や鳥海山が人気だろう。しかしながら やんちゃオヤジ2人で1000mにも届かない前森に向かった[地理院地図]。船形北部の辺鄙な秘境だ。

 

 

こんな山に登ろうと思ったきっかけは、昨年の秋に前船形山の山頂からこの山を目にし、行ってみっぺ! と言った相棒の一言。ただそれだけだ。[写真:右のニョキっとした急峻な三角峰] 家に戻ってから山座同定してみると “前森” という山だった。聞いたこともなかった。アプローチのしようがあるかを含めて周辺の様子を見るに、残雪期も困難、晩秋でも厳しそうだった。こりゃ無理だ 相棒にそう伝えておいた。しかしながら、人が立ち寄ることも少ないであろうこの船形北部について ネチッこく 探りは続けていた。”前森風穴” と呼ばれ、その世界ではそこそこ有名な風穴地帯を麓に抱える山であることも知る。地形図には出ていないけれど、航空写真を見ると林道は長く伸びているようだ。なんだか興味が出てきた。年が開け、雪が消えると、林道の下見をしたり、朝日沢の枝沢の北辻倉沢を辿ってみたり、かの風穴を訪ねに行ったりしながら準備を進めた。森の中にいい感じの幕営地も見つかり、計画も立った。尾根は急峻といったほどでもなく、下見の時の目視や、航空写真で観察するに、岩峰ではなく藪尾根のようだった。晩秋に藪の泊山行にでもすればどうとでもなりそうだった。下草も消え、涼しくなった秋に楽しく登ろう。

 

 

……のはずだったのだが、梅雨が開け、立てた計画を改めて眺めていると、泊とはいえ、藪ピークハントなだけで、なんだかワクワク が不足しているように感じた。内唐府(うちからふ)方面の沢を絡めての周回泊山行にした方が魅力的に見える。かくして、梅雨明け10日にあたる連休に前倒しして、沢泊を絡めて前森の南コルに西から上がり山頂を目指すこととなった。早朝に集合し、いそいそと漆沢ダムへと向かう。藪こぎしながら(?)林道を進み、林道の車止めに辿り着いた。

 

 

 

そこは、かくも麗しい賑やかなる別天地だった。

 

虫の。

 

 

 

 

 

 

梅雨明け10日。虫たちも 真夏にその生を謳歌する為にアップを始める期間である。梅雨が開けてからお盆過ぎあたりまでは、標高によってはアブに注意。全身真っ黒になることがあるよ。そう、源頭渓流釣りのツワモノである某釣り氏からも聞いていた。早い梅雨明けであったし、ここ一週間の様子やトンボの状況から見るにまだ大丈夫と踏んでいたが てんで甘かった。装備計画も甘かった。沢泊でもあり、未知の沢でもあり、未知の藪山でもあるから、装備も時間も余裕たっぷりに計画にしていた(つもりだった)。その余裕から気も緩んでいた。装備の詰めが甘かった。防虫ネットを忘れていた。蚊に両まぶたさを刺されて腫れ上がり、視界がなくなり遭難という事例も幾例か聞いている。割と大事な装備でもあるのだ。

 

いつもは 虫なんか平気、虫除けスプレー大嫌い、蚊取り線香のニオイも大嫌い、柑橘類の皮をスキンなヘッドと顔面に塗りたくるだけで大丈夫!と宣う相棒。それ ただの思い込みだよといつもその様子を生暖かい目で眺め アシライつつ スプレーをシュッシュしているわたし。しかし相棒はなぜかこの日、装備リストに入れてなかった防虫ネットを持ってきていた。わたしは持って来ていない。相棒は速やかに車外に退出し、防虫ネットを被り、準備を始めた。こやつめ……。

 

 

防虫ネットを被り、何食わぬ顔で準備をする相棒。

 

 

車に常備している防虫スプレーを握りしめ、合羽を羽織り わたしも外に出た。このご時世 いつでもどこにでも持ってきている白い布切れも活用した。どうだフル装備だ。決してお近づきになりたくない風貌だ。虫除けスプレーも盛大に体に吹きかけた。ニオイを嫌う相棒がしかめ顔をしながら離れる。しかしアブには効果の薄いタイプのようだった。アブが寄ってくる。スプレー効いてないよ、そっちにばっかりアブ寄ってきてる!と楽しそうにする相棒。こやつめ、許すまじ……。防虫スプレーと柑橘類の皮を塗りたくるのはどちらが有効かという論争が我々の間ではいつまでも尽きない。

 

 

藪にも負けず、虫にも負けず。そんな強いおっちゃんになりたい。

 

 

 

ほどなくして準備が終わり内唐府沢支流へ入渓するために山行を開始した。林道を離れるとアブはあまり寄ってこなくなった。蚊類はいたけどトンボも多かった。まぁでも大丈夫。今宵は蚊帳を張って快適ライフなのだ。

 

 

 

……のはずが

 

未明にかけ カオスな夜となったのであった。