一生忘れない。

 

 

山菜は山遊びに彩りを添える。山で遊んだ後、家に帰り、晩飯にその日に採った山菜を頂きながらビールを飲む。山のえぐ味とともに何とも言えない満足感が染み渡る。山からの恵みを通して季節の移ろいがより深く感じられる。山菜採りをしていると愉快な人間模様に出会うこともある。

ウド。押しも押されもしない山菜の王様だ。とはいっても山菜の王様は世の中にいっぱい居る。皆好き好きに自分の王様を持っている。中には王様を2人も3人も持っている人までいる。聞くたびに王様が変わるような浮気者もいる。ひどい話だ。わたしも一ヶ月ごとに王様が変わる。まったくひどい話だ。

これまで春のウドを目的に山に入ることはなかった。登山で訪れた他県の山ではしょっちゅうあったし、採りもしたが、宮城県はあまり採れないと色んな人から聞いていた。実際、船形山周辺では数本見かけることはあるものの、ウドの林みたいなのは見た試しが無かった。ところが、春先にひょんな場所で見つけたものだから今年は頑張って探してみることにした。ウドは採ったことがないというAさんに声をかけた。彼はこよなく熊を愛するおっさんである。鼻の下に生やすちょび髭がチャームポイントだ。木登り岩登りが大好きで天然ほがらかな明るさが売りだ。

まずは新川(ニッカワ)に向かった。ウドの狩り場は引き出しにはないので地道に足で探すしか無い。Aさんは50Lザックを持ってきた。いっぱい採るぞ!と鼻息が荒かった。あるかどうかすらまだわからないというのに…。案の定、その日は坊主だった。奥地に行けば行くほど芽吹きも無くなる。季節的にまだ早い場所だった。

翌週、船形山麓の沢に赴いた。彼はまた50Lザックを持ってきている。いっぱい採るぞ!と鼻息が荒かった。この日は入渓してすぐに見つかった。幸先がよい。しかしそこだけだった。たったの6本。彼は再びザックを空にしたまま山をあとにした。

さらに翌週。再び船形山麓の沢に赴いた。車を止め、準備を始める。またもや50Lザック。しかし「今日は沢を楽しみに来たんだしウドは無くてもいいよな!」とか言っている。男がよくやる保険というやつだ。失敗に終わってもいいんだぞ的な保険。嘘つけ。採りたくてたまらないくせに。

入渓する。土の急斜面があれば見上げながら丹念にウドを探す。沢を遡行すること2時間弱。まったく見つからない。滝登りで楽しめそうな滝すらない。次第にAさんの顔が土気色になり、みるみる無表情になっていった。二度までは堪えていたが三回目だからな。明るさが取り柄のこの男。諦めると落胆するのも早い。

 

 

道中、シドケが食べられていた跡があった。熊だろうか。カモシカだろうか。

 

 

休憩してまた遡行を始める。Aさんにふと目をやる。こいつ…もはやちゃんと探していない…! 申し訳程度に斜面は見ているが、その様子は明らかにおざなりだ。漫画のように両目から線が数本、すだれ落ちしたような表情で斜面をただ見ているだけだ。こやつ、完全にやる気を無くしている(笑)分かりやすすぎるその様子を無視し、わたしは斜面に目を向け続ける。すると、数m先にそれはあった。「あった!」思わず声が出た。崩れ落ちる土斜面を登って確認すると、そのさらに先にも、その先にも。ついに探し当てた。

懸垂下降しながらでないと危険な斜面にも生えている。Aさんが一転して喜び勇んで採りに向かう。目が輝いとる。目のすだれどこいった。ようするに何かしたかったのだろう。猿のようにウキー、ウキーと叫びながら土斜面を駆け上がり、懸垂下降するための立ち木を探している。わたしは近くの土斜面で、取りやすいウドを掘って集めた。Aさんが懸垂下降を始めた。しかしえらい上から降りている。「それ30mロープだろ!そっからじゃ下まで届かねーべ!もっと下に木あるじゃん!」「だいじょうぶ!」「いや大丈夫じゃないから!届かなかったら登り返し大変だぞ!」「だいじょうぶ!」ミジンコほどの根拠もないポジティブ思考。知らんわ。わたしはウドを掘り続けた。やがてAさんは、懸垂下降しながらウドを何本か採ると下に降りていった。地面まであと少しのとこまで来たとき、動きが止まった。「ちょっと足りない!」 いやいや分かってるから。頑張って登り返してくれ給え。わたしはウドを掘ってるよ。

しばらくは登り返しているだろうとウドの写真でも撮ることにした。するとなんだか視界の外で何かがチラチラ動いている。降りれなくなったあたりで、ロープをかけた立ち木を支点に、急斜面を、振り子のように何度も横走りしているAさんだった。「やっべ!これ楽しい!」とウキー、ウキーと言いながら遊んでいる。わたしは何も見なかったことにしてウドをの写真を撮った。探すことまでやめていたさっきまでの土気色の無表情な髭づら。わたしは一生忘れない。

 

ウド。奥には懸垂下降しながらウドを掘るAさん。