大滝川の記憶。(2020.11)

 

船形連峰北東部を流れる大滝川。源頭は船形山本山と前船形山の間にある鏡ヶ池となる。地図の水線を下流に辿っていくと鳴瀬川に流れ込むようだ。この大滝川の上流部には 鳴渓小屋と船形山への登山口となる小野田コースがある。実は、このあたりを地図でマジマジと見たのは初めてだった。わたしの住む仙台市の泉区側からだと、ここに行くには大和町、そして色麻町をぐるっと北進して回り込み、宮城山形の県境にあたる加美町からさらに山奥へと南進しなければならない。ようするになんだか気持ち的に遠いのだ。なもんで、一部の人からは廃屋と言われる鳴渓小屋も、訪れる機会はこれまでなかった。だって遠いんだもん。

 

晩秋のこの時期に思いついたようにこの馴染みの無い場所に向かった訳だが、きっかけはその一ヶ月前に前船形山山頂から見たとんがり山だった。家に帰ってから地図を見ると、荒神山の北東に位置するその山は、山名が付けられており前森というらしい。随分と辺鄙なところにある。登山道ももちろんない。どうやったらこの山にいけるだろうと相棒と二人で地図で見ながら談義した。相棒が「鈴沼からまっすぐ北に向かえば鳥小屋にいけるね!」とか漏らした。鳥小屋ってなんだよ。聞いてみるとくだんの鳴渓小屋のことだった。漢字を 雰囲気でナチュラルに受け入れる相棒は、読めない漢字(地名)については、彼なりに省略、変換して頭に入れるという特技を持っている。加えて彼は、ルート上にある急な斜面や谷をあまり気にしない。地図上で距離的に近ければ近いのである。鳥小屋までも尾根を降ろうと思ったらしい。でも彼は正しい。確かに遠く思えていた鳴渓小屋は鈴沼から沢を下ればすぐそこだった。

 

前船形山山頂にて。

 

ここからの企ては早かった。色麻鈴沼から前船形山の尾根を乗っ越して大滝川左俣源頭から入渓、下降、鳴渓小屋で一泊して、翌日は右俣本流を詰めて源頭の鏡ヶ池、そこから谷筋の地形を下れば鈴沼に戻れる。素晴らしい。登山道を使わずに先月登った前船形山の裾をぐるりと廻れるではないか。道中ナメコも採れるだろうから、晩飯は季節的にも鍋。やはりセリ鍋だな。起点も馴染みの場所だから不安もない。集合は8時、山行開始は10時と決まった。このゆったり感がことのほか嬉しい。一抹の不安もある山行では、朝も早く、前の晩も寝付けないこともある。わくわくと不安が混ざり合うそんな夜が前の晩の常だ。しかし今回の8時はいい。とてもいい。リラックスしすぎて、前の晩、夜更けまで激動真っ只中の為替相場をマジマジと眺めて過ごすほど呆けてしまった。

 

そんなことはどうでもいい。とにかく初日は沢を下って小屋に行くだけだ。おまけに大晴れピーカン。ご機嫌である。晩秋ならではの沢に積もる落ち葉で沢の下降は難儀もしたが、人っ子ひとり いない深い森を存分に楽しんだ。ちなみに 熊っ子ひとり もいなかったが、熊棚っ子 は30人分ぐらいあった。くわばらくわばら。やや日が傾いた頃に小屋にたどり着く。敢えて下調べもしていないので、小屋が使えるかどうかも分からない。扉が開かない可能性もある。その場合はツェルトビバークで一夜を明かす想定もして準備してあったので心配はなかった。

 

鳴渓小屋。昭和50年代ぐらいの築のようだ。廃屋なんてことはない立派ないい小屋だった。なんたって屋根と床と壁がある。

 

かくして小屋の扉は開いた[文末加筆 *1]。小屋に入り、居住まいを整える。お楽しみの鍋を準備する。道中採ってきたキノコを一緒に投入する。鍋が煮上がるのを待つ間、この小屋の名前の由来は、鳴瀬川の源頭の小屋だし、渓が鳴く、沢の音が聞こえる小屋なんでしょうと、ほら聞こえるでしょ? いまだに鳥小屋とのたまう相棒に伝えた。はっ、そうだったのか!我が意を得たりと言わんばかりの表情をする。いやいや字のごとくでしょと突っ込みたい。すると、スマホを取り出し渓谷が鳴く声を録音し始めた。いやいや撮れる訳ないでしょ。録音した音に耳をそばだてるやがっかりした表情を浮かべる相棒。

 

そんなこんなするうちに煮上がったセリ鍋。舌鼓を打ち、ビールを飲む。腹が満たされると、明日の行程にワクワクしながらわれらはシュラフに潜りこんだのであった。ちなみに相棒は、安物は買うなといつも言っているのにも関わらず、ホムセンで買ったやっすいシュラフを持ちこんだばかりに、夜中に凍えて、しょちゅう用足しに外に出ていた。ときおり扉を開ける騒がしい音が聞こえ、わたしのぬくぬくとした眠りを妨げた。

 

仙台の伝統的な郷土料理。仙台セリ鍋。セリの根っこの土臭さがたまらなく旨い。

 

二日目。ありがとうありがとうと小屋を掃除して出発の準備を整える。再び快晴のもと、沢を登り、涸れ沢を下る。予定通り、前船形山を池と沼と沢で囲むように繋いで無事帰還した。ところで、お読み頂いている読者の方からお便りを頂いたこの言葉。心から共感します。から解放されて、どこへでも行ける自由を手に入れた素晴らしさ。私の30年前の姿です。」

 

 

晩秋の大滝川

 

 

(*1) 私は扉を開けるとき居なかったので知らなかったが後にラインで連絡があった:

一つ間違いがあるよ。小屋に着いた時に最初、戸を押して開かなく、もっと強く押しても開かなかった。こりゃ閉まってるな!と思ったけど、ハタット気づき戸を横に引いたら開いた!🤗