長倉沢の記憶。(2020.7)

長く続く今年の梅雨も終わりに差し掛かるが、なかなか好天に恵まれない。小雨程度なら大丈夫だろうと、船形連峰の東端にある長倉沢へ相棒と二人で向かった。木の切り出し作業のため林道は途中から通行止めになっていた。仕方なく登山道を使って大倉山の袂にある氾濫原に降りることにした。里は曇か雨のようだが山は晴れたりガスったり。とにかく蒸し暑く、何度かあるアップダウンにうんざりする。氾濫原の手前の風穴地帯で冷気を浴びて少し休む。元気を取り戻すと、氾濫原から大倉沢に入った。小滝のようになっている湧き水で喉を潤す。そこだけムカゴがもう出ていてちょっと幸せな気分になる。

 

靄がかかる朝の氾濫原

 

 

どんなに暑い日だろうが沢は涼しい。水に足を入れるとほんと気持ちいい。大倉沢を遡上、二俣につくと、右に進路をとる。大倉沢と別れ、長倉沢へ入った。そこから15分ほど進めば10mぐらいの滝がある。実は、先日もここを訪れていた。水量も多かったようだし、とてもではないが登れそうには見えなかったのでその日は高巻いた滝だ。少し前を歩いていた相棒が振り向いて言う。「俺、ちょっと先行ってるから、ゆっくりきて」 そしてたかたかと先へ進み、見えなくなった。もちろん察する。登りたいんだろうな。先に滝まで行って、どうやって登るか、あるいは、登らないか、早く見て確かめたいのだろう。わたしにはとても登れると思えない滝なのだけれど……。じっくり観察してちょうだいな。きっとそれも楽しいのだろう。こちらはひさびさに持ってきたGRを取り出し、写真を撮りながらゆっくり後を追った。

 

大倉沢

 

やがてくだんの滝が目の前に現れる。左俣大倉沢も似たような位置に滝があり黒滝と名前が付いているが、右俣長倉沢のこちらの滝には名前が無い。兄弟みたいな滝だし勝手に白滝と名前を付けて呼んでいる。水量も前回と大して変わらないようだ。手がかり足がかりが乏しいのも相変わらず。当たり前か。とても登れそうに見えない。「どお?」 じっくり観察したであろう相棒に声をかける。「登れる」と言う。どのように登るか聞いてみる。わたしもそのラインに沿って滝を観察する。「100%登れると思えるなら行ってもいいよ、どお?」 再度聞く。「登れる」と答えが来る。その意気やよし。ならば行こうではないか。改めて作戦会議が始まる。ランニングをどこで取るか、落口でどう支点を作り、ビレイを取るか。果たしてラストのわたしは登れるのか(笑) などなど、もろもろ話し合い、煮詰めていく。やがて準備が整う。いざ登らん。

 

長倉沢の1つめの滝

 

あっという間にヘツり、滝に取り付く相棒。難しい滝は基本的に巻きたいと思うわたしにトップの気質はない。こういうのを喜んで登っていく人を見るとますますそう思う。するすると上がっていく相棒を見ながら、自分はどう登るかをイメージする。ラストで登るわたしは、果たしてあそこをへつれるんだろうか……。ロープはあるので溺れはしないが落ちれば釜は深く冷たい。そうこうするうちに、相棒は支点を1つ取ると、落口の下にあるバンドらしきところまで慎重に登っていった。いやいやいや。結構きびしくね? スタンスちっちゃくね? 次のスタンスも遠くね? ホールドなんか、指の第一関節だけっぽくね? 大丈夫なのかこれ。不安は高まるが確保を続けるほかない。相棒はというと、落ち口に上がれるかどうかホールドを確認しつつ試登を繰り返している。

 

声はぎり届く。最終確認をし合う。”行ける!” と気合の入った声が飛んでくる。そして相棒は落ち口に手をかけた。

 

 

登ってから上で一息入れたときのコーヒーはほんとにホッと一息。美味かったなぁ……。その後、もう1つの二段の高い滝を越え、イワナを手づかみしたり、立ち止まっては馬鹿話をしたり、のんびりのんびり船形の山を楽しみながら長倉尾根に上がり下山した。

 

 

梅雨は気まぐれ。山はようよう明るくなりにけり。靄かかりて輝きたる、麗しき隧道、くぐり抜け。 ー 長倉沢(船形連峰)