野生を呼び覚ます

GW、小又山を背に歓喜するAさん(火打岳)

 

落葉も進んだ11月初頭、半年ぶりとなる新庄神室の縦走を予定していた。その年のゴールデンウィークに 残雪の火打岳でテン泊を楽しんだ3人でまた行く計画を立てていた。春は火打岳より南側の縦走だったので、秋は火打岳より北側の半分を縦走しようという計画だ。そこで見た 野生の話 をしようと思う。

 

 

 

 

 

神室連峰

1300m前後の峰が連なる連峰であるが、稀有な特徴とも言える痩せた主稜線が北から南に20kmを越えて走る。東北のアルプスとも呼ばれる所以だ。気に入っている山だ。単独で何度か歩いているが、人が多く訪れる山ではない。ある意味 “しぶい山” なのだが、この山の良さを山仲間の二人にも知ってもらいたかったんである。一人はAさん。私より年長ではあるが、溢れる体力を有し、いつもにこにこ、笑顔を絶やさない。よく刈払いされた頭は まばゆかんばかりに光っている。まさに天真爛漫に山も人生も楽しんでいる男だ。もうひとりはBさん。パーティ最年長であるが、山歴は一番長い。体力と熊と雪に不安を常に感じている華奢な女である。

 

 

春、天翔けるAさん。

低山ゆえに夏には厳しい山となる。そこで前回は、三人で春に訪れた。新庄の土内から火打岳に登り、槍ヶ先までの主稜を辿って、最上の親倉見へと下山した。残雪期でもあるので山中一泊の山行だ。無風予報もあったため稜線で幕営することになったのだが、主稜から眺めた夕日と鳥海山は本当に素晴らしかった。Aさんは神室連峰は初めてであったが、終始歓喜していたように思う。二日目に主稜からお別れとなる槍ヶ先で休憩を取った。Aさんは、名残惜しいのか、突如シャツをばりばりと脱ぎ始め、「僕ちょっとあそこまで行ってくる!」 と疲れた体にはすぐそこだとはいえない烏帽子山まで空身で駆けて行った。駆けるというよりむしろ翔けていった。神室の稜線をあたかも麒麟のごとく翔けていったのである。烏帽子山から戻ってくるAさんを待つ間、彼とスライドして上がってきた登山者に声をかけられた。「なんだかものすごい勢いで走っていく人とすれ違った」

 

 

秋、先頭の役割。

ブナの黄葉が500m付近まで下がった頃、我々3人は再び此の地を訪れた。土内川の登山口に車を1台置き、今回の山行の登り口となる秋田側、秋の宮温泉にほど近い役内口に向かった。山も人生も天真爛漫なスタイルのAさんであるが、山の技術や経験は一緒に少しずつ身につけていきたい。そう思っていた私は今回の山行でAさんにパーティの先頭を歩いてもらった。ただ先頭を歩けばいいのではない。パーティ行動を意識したペースの配分。標高差、距離、地形を地図から読み取り、到達時間、小休止の予定地点の選定などが役目である。そうお願いすると、「任せて!君がリーダーだからね! 何かあったら何でも指示してね! 何でもいうこと聞くからね!」Aさん快諾。返事はいつも 実に素晴らしいんである。自身の体力であればどんどん先に行きたいところであっただろうが、ときおり相談しあいながら、後続を意識しながら、稜線までパーティの先頭の役目を立派に務めていた。少しばかり先行しがちではあったけどね。

 

 

たどり着いた稜線、どこまでも続き、広大に広がる山々。

少しばかり先行したAさんはどうやら稜線に上がったようだ。すると何やら野生動物でも近くにいるかのような声が耳元に届く。 ムッキー、ウッキー まぁもちろん歓喜するAさんが発する声な訳だが。続いて我々二人もようやく稜線に上がった。厳しい急坂だったが、小屋まではもう2時間弱で着くだろう。前神室山で小休止を取ると、我々は三人は再び小屋へと続く稜線に足を向けた。それまでAさんは辛抱強くペースを守り、先頭を務めていた。しかし、山頂に向けて歩き始めるやいなや、突如、興奮しながらの進軍が始まった。もはや後ろなど見ていない。時おり前方から聞こえる奇声が進軍とともに遠くなる。 ムッキー、ウッキー やがて、はるか前方で豆粒のようになった黄色いジャケットを着た黄色い猿、いやAさんが、ぶんぶんと手をこちらに振って奇声を上げている。ムッキー、ウッキー

 

「任せて! 君がリーダーだからね! 何かあったら何でも指示してね! 何でもいうこと聞くからね!」あの言葉は何だったのかと小一時間 問い詰めたい。そういえば今年の夏、船形の大倉沢でもこんなことがあったな・・・。デジャブ。そしてリフレインする遠くから聞こえる奇声。ムッキー、ウッキー

 

 

野生を呼び覚ます山、神室。

追いかける我々二人もようやく山頂に辿り着く。すでに小屋に着き、同宿者への挨拶も済ませ、ザックを置き、汗ばんだシャツも脱ぎすて、さっぱりしたAさんが満面の笑みで我々を迎えた。もちろん快活に何やら叫んでいる。 ムッキー、ウッキー

 

小屋に入り、宴の準備が始まった。ほどなく、外から何やら獣の声が聞こえる。私には猿語はよく分からない。けれど 外がすごいよ! と騒いでいる声のような気がした。小屋の窓を開け外の様子を伺うと、素晴らしい神室の夕焼けとともに、たおやかな山が二つ並んでいた。

 

 

 

 

野生を呼び覚まされたA氏、神室連峰という絵に、たおやかな山を2つ並べる(神室山、火打岳を望む)

 

 

ウキキッ