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仙台の予想気温42℃

2100年 全国の天気予報


 

数日前に、地球温暖化が極端に進んだ場合の気象予測をまとめた動画「2100年 未来の天気予報」を、環境省がウェブ上で公開。ニュースや新聞で見た方も多いと思う。

 

 


やれやれ・・・。沖縄が避暑地となる日も近い。実際、今年の盛夏は沖縄が一番涼しい日が多かったぐらいだ。

 

 

 

 

環境省作成、PR(?)動画。

 

 

 

 

ある程度気温が低い時代に山登りが出来てよかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

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駄文。

 

 

グローバルな環境予測

 

仙台42℃。しかし、この手の警鐘は、予測シナリオの最悪ケースをたどった場合を取り上げることがほとんどなので鵜呑みにしてはいけない。何より動画のお姉さんの格好があまりにも未来感がない。さっぱりだ。

 

北極の氷の減少、極域のオゾンの減少、世界の平均気温や海水面の上昇。たしかに、目に見えている現象もあるし。それに基づく警鐘や予測により、社会的、国際的な取り組みがなされ、功を奏している面もある。

 

一方で、こういった諸問題は、お役人さんや研究者によって、予算獲得のためのテーマ創出に使われ、誇張されることがあるのはこれまた事実である。CO2の問題や取り組みについては、削減や排出権取引などが2010年ぐらいまでは注目されていた。膨大な国家予算が注ぎ込まれ、CO2削減に取り組む機運が高まっていた。
 

 

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CO2の削減に意味はあるのだろうか

 

しかし、一部の識者の中には、こんなことを言っている人もいた。

 

--GDPの何%にも及ぶ膨大な規模でCO2を削減しようとしているが、数十年後の社会から見れば、なんと馬鹿なことをしていたものかと笑われるかもしれない。

 

CO2削減の話は東日本大震災を境にするころから空気は様変わりした。あんなにも先進国で騒がれていた、”CO2の排出権取引”。今やその言葉を目にすることは滅多にない。排出権の現在価値は、価格として無価値。”0円”となっている。

 

ところで米国。この枠組からは早々に撤退していた。あの国はいろいろ問題あるとはいえ、合理性については極めて敏感だ。合理的でないものを受け入れることが無い。そういったところは米国の社会、国民が持ついいところであり、強さなのかもしれない。トランプを選んだのも、中国が台頭しつつある中で、現在の米国が抱える事情が生んだ合理的な選択だったのだと思っている。しかし。ちょっとやんちゃしすぎてるので一期で終わりそう。もしくは任期前交代。
 

 

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予測は難しい

話を戻そう。技術は進歩しているし、新しいものはどんどん生まれている。しかし、学問は、未知の領域について想定や予測することについては極めて不得手。既知の範囲や領域において、数値の揺れ動きなどを予測することの精度をあげることはできても、目にしていない事柄に対しての予測に関してはほぼ無力だ。

 

平均気温の上昇も、気温の上昇に伴って、やがて樹木が著しく面積を増やすことで違う変化をもたらす。そんなシナリオを描く研究者だっている。ようは分からないのだ。
 

 

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核廃棄物地中貯留の予測

原子燃料の再処理から生まれる放射性廃棄物の地中貯留のようなものも、国家プロジェクトとして進められている。

(※福島原発で出てきた放射性廃棄物の地中貯留はまた別の話)

 

その昔、この分野の仕事にちょっと関わったことがある。この分野の権威になっている先生の教えを受けたこともある。地中貯留の安全性評価のシミュレーションでは、数十年はおろか数百年先までをも予測し、その安全性を主張する。けれど、安全であるというゴールありきで、国家予算が組まれているフシがある。その予算を取ったところが、スポンサー(国)のために、そのゴールを保証をする。そういった予測と計算をしている。そんな印象だった。特に民間の研究機関ほどそうなりやすいし、国の機関においても、予算獲得競争が激しい昨今。異を唱えるのは保身もあってなかなか簡単なことではない。

 

放射性廃棄物の半減期。貯留しようとするものによるが、数十年から、ものによっては、数千年におよぶ。プルトニウムやウランに至っては、万~億年のスケールとなるものまである。それだけ経ってもやっと半減だ。元の1割ぐらいになるまでにはさらに桁1とか2つぐらい多くの期間を要する。

 

 

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核技術は人にはコントロールできない

こんなにも長い時間軸を想定せねばならない核化合物の再処理や保管といったものは、もはや技術ではコントロールできない。それ以前に、核融合ですら、技術は安全にコントロールすることもできない。そもそも、地中貯留の何百年先の安全を保証したところで、国が存続しているかすら怪しい。

 

人は、爆弾や蒸気機関を発明し、その技術は、何とかコントロールされつつ、社会のレベルを引き上げた。

 

しかし、核技術は人の手にはあまる。
 

 

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進化の根源

核技術にまつわるものについてはこのような見解でいる。さて、それでは使うべきではないか、あるいは、反対すべきか、と問われるとスタンスを明らかにすることはできない。生命体としての成長や進化の根源を探れば、やはり、生命集合体が持つ、増大(Growth)に向けての意志がすべての源だと思っている。増え続けるためにすべての選択肢を試すのが生物だ。

 

生物が自らの意思によって減少に向かうことは無い。自ら減少するという選択は、滅亡への選択となるからだ。減少、あるいは、安定の状態を取るためには、外的環境によってしか起こりえない。鹿が永遠に増え続けることはない。いつか餌がなくなるし、その前に社会が動くだろう。増え続けたものは自らが作った理由により調整を受ける。人もきっと同じだ。

 

意志や思考、それを具現できる能力を昇華させた人なのだから、違う選択肢もあってもよさそうなものだ。しかし難しい。生命が持つ、生への欲、増やすことへの欲は根源的なものであり。意思によってそれを封じ込めることは難しい。

 

 

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人の社会の行き着く先

人はどうなるか。世界的にみればいまだに人口は増加の一途だ。生命体としての進化だけでは飽き足らず、技術でもって社会システムを生命体の代わりに進化させるようにまでなっている。自らは進化を止めることは出来ない。進化し、増大し続けるしか無い。

 

やがて、成長や進化がピークアウトすることで滅亡寸前に追い込まれるのか。あるいは、外的要因によって調整され、うまいこと安定期に入れるか。分からない。核の技術も然りだ。やがて訪れる宇宙への人類移住計画の鍵となる技術かもしれない。ガンダムの世界はあながち夢物語ではない。そう考えれば手放してはいけない技術になりうるかもしれない。
 

 

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人の世界の行き着く先は分からない。 人類が築き上げた社会の行き着く先を見てみたいが、人の命は短い。
 

 

 

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人はみな、いろんな思いを胸にいだき、考え、苦悩しながら生きている。

疲弊した人の心に山は癒やしをあたえてくれる。
 

 

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山に求めるもの

私は、山にあまり多くを求めていない。

 

アルプスぐらいは行ってみたいが、日本各地の名山を行きつくそうとも思わない。百名山を追いかける気もない。

難度の高い壁や沢を登りたいとも思わない。

 

特に何もなければ近場の山にしか足も向かない。

 

観光がてらにほうぼうの山も楽しみつつ、馴染みの山域で写真を撮り、山菜を楽しめれば、それで十分だ。
 

 

 

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山はいいものだ

 
山はいい。

 

人それぞれ、山に望むものは違う。

しかし、それぞれの目的を叶えてくれるぐらいに大きな包容力を有する。
 

 

 

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山はいいものだ。

人、社会、文明の行き着く先は分からないが、これは事実だ。

 

 

2 件のコメントがあります。

  1. 仙台42℃、、測候所の測定所は芝生で風通しがいいので、町中より断然低いですよねぇ。
    昭和53年頃の暑い夏、電柱の蝉が突然鳴きが停まったと思ったらポトリと落ちたことありましたなぁ。
    1933年7月25日の40.8℃を超えてたなぁキット。

  2. 昭和53年といいますと、私は5歳で、確か岐阜の山奥の木造の平屋みたいなところに住んでいました。
    その直後、名古屋に移ったのですが、当時から名古屋は暑かった記憶がいまだに残ります。

    そして台風が多かった。
    団地の中に植えてあった木がのきなみ倒れた凄惨な光景は、いまだに焼き付いています。

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