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ちょっと聞かれた。

元写真 (燧ヶ岳)


 

 

--- スマホの写真のほうが記憶にある光景に近いんじゃない?

 

 

正解でもあり、不正解でもある。と思う。

 

 

 

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現実の風景のほうが写真より数倍美しい

 

外で見た光景。文字通り、じかに光があたりキラキラと輝く景を眼で見ている。特に晴れた日は顕著。カメラで普通に撮ると、案外この光景、記憶の通りには写せない。色や明るさをその現場に合わせて撮れば撮るほど実際の光景よりなんだかパッとしなくなるものだ。

 

キラキラとした記憶にある光景、そして、普通に撮った写真。差が出てしまう。記憶にある色より薄く、暗いように思うはずだ。でも仕方ない。そもそも写真は真実なぞ写さない。

 

 

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陶芸の場合

 

今日、お知り合いの作品展を見てきたが、どの作品が良いとか悪いとか、あまりそういうことは気にせずに、あげたら喜んでもらえるかなあ、とかそういうことを心に懐きつつ土に向かって作陶しているそうだ。何かにつけて進歩や改善や目標設定をしようとする私のような奴はこういう趣味活動だとどこに力を向けていいか分からなくなって無駄に悩んでしまいそうだ。

 

でも、写真というものも実は同じだと思う。真実を写すから”写真”。と、当時の日本では字を当てたようだが、現実には真実は写せないし、本来の意味はPhoto(光)をGraph(描く)ための道具。写真も絵を描く趣味と捉えるならば、好きなように撮れば良いのだと思う。陶芸の良し悪しに明確な決まりがないように、絵にも無い。結局何を望んで作り、描き、撮るか、でしかない。

 

 

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プロは違う

 

クライアント相手に仕事をするプロのカメラマンや商業写真の場合は違う。クライアントのニーズ、あるいは、何かしらの目的のために写真を撮るわけだから、良し悪しの方向性やラインがそこにはある。現実より良い光景に撮ったって何も問題ない。クライアントのニーズに応えること。売れることの方が大事。

 

 

クライアントを持たず、自分の感性で好きなように撮れるのは、個人の趣味カメラマンに許された贅沢だ。陶芸も同じだ。好きなように楽しめる。けれど金にはならない。一方、生業にしているけど、好きなように、自分の望む写真を撮ったり、作陶する人もいる。プロでありながら自由だ。この手の人は芸術家と呼ばれる。食っていくのはたいへんな職業。

 

 

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綺麗に撮りたい風景

 

話は戻って、できるだけ実際に見た記憶の風景や場面を写真に残したい。というのはあるだろう。そもそも、そのために行った場所で写真を残しているのかもしれない。記憶にある光景と写真との差を埋めるには、カメラの設定を少し上げてやればいい。あるいは、写真管理ソフトで後から調整してもいい。

 

 

スマホはそのへんをうまく調整して写真にしてくれる。だからなんか綺麗に撮れる。記憶にも近かったりする。少しコントラストを上げる。彩度を少しあげる。外で見る自然光のあたる輝く風景。記憶にあった光景に近づく。記憶色に近づく。

 

 

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コントラストを少し上げる。カメラの設定でコントラストを上げてやるとメリハリと立体感が出てくる。

 

 

 

 


コントラストはいじらずに、彩度を少し上げ。コントラストと彩度は似たような効果がある。2枚め、3枚目は、1枚目よりは濃いけど違いはあまりない。立体感の差はでている。2枚目の右の山肌の部分なんかはこの3枚目の写真よりも立体感がある。

 

 

 

 


これはカメラ側の撮影時の設定だけでは撮れない写真。画像調整で、ハイライトを下げてシャドウを上げる。写真は暗めに撮っておくのがよい。すると、空の青や明るさが出つつ、被写体の山もよく見える。カメラだけではこれができない。空に露出を合わせて青を出そうとすると被写体(手前の山)が暗くなる。被写体に露出を合わせると空が白くなる。ところが、後から、ハイライトを下げてシャドウを上げるとこれが実現する。

 

 

カメラだけでやりたい

 

カメラだけでもやれないことはない。レンズにつけるフィルターがいろいろある。空のある風景でよく使われるのがPLフィルター。部分的に上(空)だけ暗くして空の青を出せるレンズフィルターなんかもある。または三脚使ってHDR撮影。

 

 

ちなみに、自分としては対象物(手前の山)よりも、その後ろの遠景の山並みの色や風みを重視したい。この部分の色合いや空気感、風合いで、リアリティさやその時の情景、気配感が呼び覚まされる(ような気がする)。

 

 

 

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落とし穴とドロ沼

 

後からでもいろいろできるこの手の調整。落とし穴がある。それは、慣れないうちに手を出すと、キリが無い。いじってるうちにどれが良いか分からなくなってくる。ひどいと、実際に見た心の中の記憶色までがどんどん変わっていくドロ沼にハマる。

 

 

 

そこでオススメは、設定(調整幅)を決めておくこと。毎度同じ調整をして終わり。手間もなく簡単。微妙な匙加減もいらない。カメラ側でやる場合も同じ。自分の好きな仕上がり写真になるように設定を決めておけばあとで調整の必要はありません。

 

 

 

 

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私の場合

 

家に返ってからやるとめんどくさいので何もしていない。明るさがおかしい場合だけ多少調整して終わり。極力、現場で変えて撮っている。故に失敗色も出るけれどそのまま。それでもって、色はかなり落として撮っている。被写体が近い場合は、ナチュラルモード(Pentax)で彩度、色素、ガン下げ、コントラストちょい上げの先生に教わった通りの設定。これで撮ると新緑や紅葉の風景となるとかなりしょぼくなる。そこで、風景の場合は、鮮やかモード(Pentax)で、彩度、色相ガン落としのコントラストちょい上げ。ニコン、キャノンもヨドバシでいじってみましたが、同じように設定可能ですね。

 

 

しかし、この設定で撮ると、記憶の光景より霞む。映えない。正しい色なのかもしれないけれど、記憶の光景を思い返すと何か違う。なので、見た景色を記憶に近づけて写真に残したいという場合は、コントラストと彩度を少し上げて、明るさもちょい明るめで撮るといいと思います。人に見せる時も多分その方が喜ばれるし、人の記憶にある光景にも多分その方が近い。

 

 

とは言いつつも、私は相変わらずしょっぱい色のまま。自分はこの方がリアリティを感じるし、好きなのだ。写真映えはしないんだけどね。写真に何を望んで残すのか。というところであって、それ以上でも以下でもない。

 

 

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コントラスト

 

コントラストをどうするかは重要。撮ろうとする被写体(構図)のコントラストが強くて、色が潰れがちになってしまう場合は下げたほうがいい場合もある。例えば、こういうの。

 

 


コントラスト強め。メリハリは出るが、木肌が飛んでいてよく見えない。靄(もや)っとした感もなんか無い。

 

 

 

 


コントラスト下げ。木肌がすこし出てくる。靄感も見た目に近い。

 

 

 

現場で工夫する楽しみと学び

 

後からこのように変えたりできるのですが、現場でコントラストをカメラの設定を変えて撮り、再び調整して好みの写真が撮れるまで撮る。このスタイルでやっていた方が、良いことも、学ぶこともいろいろと多いような気がします。先生は撮るときにやれ!後からいじるな!を徹底していますが、多分そういうことなんだと思います。

 

 

ということで、その指導にしたがっています。森写真の時は時間に余裕もあるしね。

 

 

あと、そう割り切ると、家に帰ってからとても楽です。

 

 

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