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短文が好まれる時代だからこそ山歩き。というお話。

 

未明。船形山頂小屋。チクタクチクタク。とは、動かないデジタルの時計。

 


 

 

短文、写真、1分動画が好まれる世の中

 

必要としたり、目にしたりする情報は多岐に渡る。好みのもの。お付き合いで見るもの。必要なもの。様々だ。ツイッター、LINE、FB、ブログ、インスタ、クラシル。加えて、書籍や、雑誌、漫画。TVやニュースもだ。あまりに多い。

 

ところが、一日のうちでそういうことに使える時間は多くない。発信者も受信者も今や膨大だ。世に出る情報は増え続ける。飛び交ういろいろな情報を少ない時間で消化する。

 

それもあってか、長文や書籍は余暇に読むものとしては好まれなくなりつつあるようだ。細かく刻んで、短く詰めた、コンパクトな情報が好まれる。

 

 

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小一時間も待っていれば終わるオイル交換。マイジムニー。

 

 

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テクロジーは時間を生んだが、その時間はどこかへ消えた。

 

様々な利器により、時間は節約される。洗濯機、食洗機、ロボット掃除機、車、飛行機、ネット通販、便利な各種サービス、スマホ、LINE、電子メール。テクノロジーの恩恵で、手間が省け、時間が生まれた。現代の人は、多くの余暇を持っている。

 

・・・はずだった。

 

しかし、ビジネスマンは新幹線に乗り、ノートパソコンを広げる。車窓を眺める時間も惜しいとばかりに、文書作成や、メールに追われている。今や機内においてもWiFiが通じる。スマホを駆使し、細切れの時間を使って情報を消化する。

 

今を暮らす人が、昔の人より時間を有しているとは思えないフシがある。むしろ、ゆっくりと流れていた時間がどこかへ消えた。

 

 

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山泊では、夕日が沈むまでぼんやりと眺めて、過ごしていられる。

 

 

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「それでその余った時間はどこに行ったの?」

僕もグラタンを途中であきらめ、コーヒーを二杯注文した。「余った時間?」

「だって飛行機のおかげで十時間以上も時間が節約できたんでしょ? それだけの時間はいったいどこに行ったの?」

「時間はどこにも行かない。加算されるだけだよ。我々はその十時間を東京なり札幌なりで好きに使うことができるんだ。十時間あれば映画を四本観て、二回食事できる。そうだろ?」

「映画も観たくないし、食事もしたくなければ?」

「それは君の問題だよ。時間のせいじゃない」

 

・・・略・・・

 

「映画が観たいな」 と彼女は言った。

「映画?」

「だってせっかく飛行機で時間を節約したんだもの」

「そりゃそうだ」 と僕は言った。そして我々は最初に目についた映画館に入った。

 (羊をめぐる冒険、 第7章、 村上春樹)

 

 

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残念ながら羊の写真は無かったので牛(笑) 3年前、山を始める前のシルバーウィーク。アウトドアでもやってみるかと、テントを持っての東北ぐるり一人旅。三晩目の前森高原の夕。見えているのは神室連峰だろうか。

 

 

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山を歩けば時間はゆっくり流れる

 

山や森を歩いていれば、昔ながらの時間が流れる。週末の山歩きの8時間。平日の8時間の3倍ぐらいを過ごしたように感じる。

 

忙しい世の中に生きているからこそ山歩きはいい。こんなところも良い一面なのかもしれない。

 

 

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そして、相変わらず私は長文。

 

 

(了)

 

 

 

雲海に浮かぶ大東岳。面白山、白髮山、仙台カゴ。変な被り物をかぶってしんみりと眼下の山々を眺め、悦に入る私。触れたくなくて、声をかけられなかったという初対面のヤマちゃん。しかし、写真は撮っていた。

 

 

 

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