異論、奇論、反論、私論

 

未明の登山道


 

時たま人に聞かれることがある。

 

 

夜の山って危なくないんですか?

見えるものはヘッドライトが照らしたところだけ。当然慎重になるので、足元もよくみて、その先もよく見てと、注意深くなります。昼間と違って、余計なものは目に入らないので、集中力が散漫になりません。昼間より、案外しっかりと歩いているかもしれない。街の薄暗い道路で、ひたひたと後ろの人がいるときのほうがよっぽど怖い。知らない山ではもちろんやりません。笹倉山と船形と升沢と泉ヶ岳ぐらいです。

 

暗い中を歩いて何が楽しいの?

視界が限定されているので、音に対する感度がものすごく上がる。日中聞き逃しがちな音に聞き入りることができる。朝を迎えようとする鳥のさえずり、風が樹々を揺らす音、自分の足音。これから闇になるような時間は歩かない。未明の1、2時間とか少し前から。だんだん白んでくる。やがてヘッドライトを外して歩けるようになる。明るくなるとともに、視覚の感度が上がり、今まで聞こえていた音に対して鈍感になっていく。この移り変わっていく変化も楽しい。何より、日の出を迎え、遮光が差し込む時間帯の稜線や森の中は抜群に美しい。そして何より、自分以外誰もいない山の中。これ重要。

 

夜明けだと、クマ、怖くないの?

わたしがクマだ!

ではなく、クマは昼も夜もあまり関係無いと思います。どこかで出している、熊の行動記録をGPSをひっつけて集計した記録というのを見たことがあります。多少の差こそあれ、日中はやはり活動的ですし、時間帯はあまり関係ないように見えました。0時~2時にかけての深夜だけは、活動量が減るようだ。やつらは、腹が減れば飯を探し、満足すれば寝るんじゃないかと。日中の登山道であれば、より安全、なんてこともないような気がする。どっちかというと里でばったり出会う熊のほうが怖い。思い込みかもしれないけれどね。

 

森のなかで、グぎゃーーー、って鳴く何だか分からない鳥の鳴き声が実は一番怖い。

あれはびびる、いつ聞いてもビクっとする。

 

 

SONEさんのブログの集合写真、いつも真ん中ですよね?

ちゃうんですよ。私は撮らないんで、みなさんがカメラをセットしている中、一番に動き出すから必然的に真ん中になるんですよ。ほらあと、ピント調整必要だから、誰かすぐにいたほうがちゃかちゃかと進むじゃないですか。団体行動っすよ!団体行動!目立ちたいからじゃないんですよ。ないったらない。

 

 

いつも真ん中ですっごい笑顔ですよね?

だって楽しいし!目立ちたいからじゃないんですよ。ないったらない。

 

 

顔黒すぎません?

雪山に行き過ぎました・・・。

 

 

 

山の遊び方、おかしくない?

 

 

わたしはただの子分である。ヤマちゃんは、船形山麓でも何だかいろんなご秘所を一人で見つけてたりしている。他の山の見どころ情報もなかなかすごい。しかし、ツツジの時期には、前泊して五葉山いって、その日のうちに、徳仙丈、夕方から早池峰いって。翌日に焼石やら岩手山とか変態すぎる。

 

 

 

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駄論(追記)

山とも関係ありませんし、あまり楽しい内容ではないので、読みたい人だけお読み下さい。

コメントあったのですが、接続元のホストがおかしい。書き込みの内容については(検索後のPDF)、既に見ていたものであったので、気にもなりませんでしたが、他の方がみるとショックを受けるかもしれないので、コメントごと削除しました。ホストを変えて、繰り返し似たようなコメントがあるようであれば、承認制のコメント形態に移行となりますかね。めんどくさいですけど。

何かの間違いであればとは思いますが、間違いである可能性は少なそうです。普段ネットで暗躍されている方がプロキシーなりを利用したまま、接続変更し忘れて、みたいな可能性だけでしょうかね。むかーしから、それこそパソコン通信の時代から、ネットなりコミュニティはかなり積極的に利用してきたのもあって、いろいろ経験してきましたので事例としては驚きません。しかし、こんなしがないブログに、わざわざ身元隠蔽ホストまで使って、文章もそれなりにこさえて書き込みしてくるのはちょっと想像の斜め上だったので驚きました。

ところでこの件とは別ですが、SNSサービスは今でも多少なり使ってはいますが、あまり積極的に使わないようにしている理由の1つは、こういう、人のよろしくないところを増幅しやすいという裏の面をもっていると思うからです。まあ良いものには必ず逆の面もあって仕方ないですけどね。ブログだろうと同じですし、現実社会も同じではあります。山や写真を楽しむのに、ネットやブログやSNSを使う必要は本来ないのでしょうけれど、そこは人のさが。人は人を求めるし、つながりも求める。欲望もあり、顕示欲もあり、自慢心もあり、ひがんだりしてしまうのも人というもの。人とはそういうもの。そんなのを前提の上で利用すればいいし、わかった上で使えばストレスは無い。なんて、思えるようになったのは30代ぐらいの頃だっただろうか。20代のときはまだ弱かった。なにかあると、結構心を揺さぶられたもんだ。

 

 

 

 

 

 

スマホでもなかなかきららかな新緑が公園で撮れました。

 

しかし玉ボケはなんかヘナチョコな形をしている。
早く戻ってこいこいGR

 

 

 

 

 


トリミングしてもなかなかの解像度では無いか。スマホ侮れない。