火打岳の記憶(2018.4)

 

 

GW前半の神室連峰といえば、結構やっかいな場所だ。あの痩せた主稜線に雪が残ったり剥がれていたりする時期である。神室の良さを知ってもらいたいと、二人を誘って向かおうと思ったわけだが、誘うには山行以上に難儀した。遠出の山を極力したがらない男と、テン泊山行を極力嫌がる女だった。なだめたりすかしたりしつつ、幕営予定地も主稜線から外れた大尺山の影の鞍部を選ぶことで安心させ、何とか来てもらった。

 

予定とは常に遅れるものである。遅れる想定で山行計画を組まなくてはらない。この日は出だしの渡渉から遅れた。いい渡渉地点がみつからず、探し回った挙げ句、靴を脱いで渡った。ちべたくておしっこちびった。そこからもちょっと呑気に登って、火打岳山頂でも歓喜のあまりのんびりしすぎた。山頂を後にする頃、幕営をどうすべきかで頭の中がぐるぐる回っていた。大尺山まではまず届かない。おそらく17時を越えてしまう。さりとて稜線でテン泊はいかがなものか。風がなくピーカンの夜になるのは既に分かってはいたが・・・。稜線で幕営するなどと言えば、テン泊嫌いの女が発狂するに違いない。

 

火打岳山頂にて

 

わたしは思索をめぐらした。そして遠出嫌いの男に何食わぬ顔でまず話しかける。「今晩の条件なら、このあたりの稜線鞍部で幕営できそうだよね。」そうするしかないとは口に出さない。女には聞こえるように、されど、あなたには話しかけてないよ、的に。軽い口調で雑談のように男と話を続ける。案の定、男は乗ってきた。「そうしようそうしよう!」 ちょろい。すかさず女が割り込む。当然反対する。こんなとこでテン泊するなど世界が終わるとも言わんばかりの勢いで、手をバタバタしながら発狂した。しかし既に2対1。多数決の原理が働いている。なんとか二人で、なだめ、すかし、最後には無視し、幕営を決定した。スコップで雪を削り、雪固めを始めた。

 

幕営すると決まったからには絶望で恐怖しているその女にも働いてもらわなければならない。「ほら、そこ、足で踏んで雪を固めて。」 無言で頷く女。そして気だるく動き始める。ぺたぺた。まるで足に力が入っていない。ただうろついているだけやん。ぺたぺた。世界が終わったとばかりに、ただひたすらに、数m四方の場所を生気のない目で夢遊病者のように歩いていた。ぺたぺた。ぺたぺたと。

 

 

世界が終わり、夢を見ながら数m四方の場所を徘徊する女。