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密着、警察庁24時事件。

2017年の4月末、ゴールデンウィークが始まった最初の土曜日。朝から空は澄み渡る。気持ちのいい日になりそうなそんな朝だった。船形山山麓の升沢地区にある旗坂キャンプ場から、森を通って氾濫原まで写真を撮りながらのんびり歩こうか、はたまた、升沢の森を歩こうかと、特に予定も立てないまま朝9時ぐらいに家を出る。行き慣れた県道147号。車を走らせ旗坂へ。升沢ではそろそろカタクリの花期が終わり、見渡してもちらほら数輪みかけるぐらいとなった。カタクリが終わると、升沢遊歩道の近くにある大沼では水芭蕉があたり一面に白い帆を開かせ春を喜ぶ姿を見せてくれる。その一方で、かわいらしいイワウチワの花がところ狭しと咲き、野を淑やかな撫子色に染める。この時期は気温も穏やかで、まだ蚊もほとんど出ていない。ブナは黄色い花を散らし、木々はまさにこれから新緑を芽吹かせんとしている。早春の花や春が始まった木々の様子を楽しみながら気持ちのいい森の散策ができるのだ。

旗坂キャンプ場から車で10分弱程度手前にある風早峠の水汲み場に着き、車を一旦路肩に寄せて軽く水を飲む。今日淹れるコーヒーのための水も少しばかり頂いた。ここの水は水量、水質、美味しさとも抜群で、ペットボトルに入れたままで1週間経とうと濁ることもない清純な水だということだ。麓の人も、遠くの人も、峠道をツーリングに来る方も、そして、登山で旗坂に向かう人も、多くの人が峠を越えてまでわざわざ水を汲みに来るところだ。水を軽く飲んで、さあ旗坂に向かおうと車に乗り込もうとしたその時、見覚えのある一台の車が止まった。出てきたのは、船形山で二回めの山頂泊の時に知り合い、今ではたまに山行を共にするようになった顔なじみのヤマちゃんだった。以来、名前、連絡先を交換し、メールやラインでやりとりをしている仲だ。そういえば彼の歳はいまだに聞いたことがない。私はその時43であったが、彼は30代中程か40手前ぐらいだろうか。見た目はもっと若く見えるので、ひょっとしたら30代前半かもしれない。不思議なことに山で知り合った方は、世俗とは別世界ともいえる山での出会いであるためか、職業や年齢などにほとんど頓着することなくお付き合いができる。そんなところも山での出会いの魅力があるのかもしれない。ヤマちゃんは本格的に山を始めてからはや10年を越えの中堅。船形山域をこよなく好み、10月~6月ぐらいまでの、いわば山のオフシーズンに船形山にあしげく通う方である。船形山山頂泊も年間数十回という小屋泊が大好きな人だ。奇遇な出会いを喜び、軽く挨拶と会話を交わして予定を聞く。今日も山頂泊予定で、旗坂から山頂へ向かうそうだ。

ところでヤマちゃんは無類のコーヒー好きだ。小屋で出会うといつも美味しいコーヒーを淹れてくれる。自家焙煎にも凝っており、先日には、ちょうど私が借りていたますざわ山荘で焙煎の手ほどきをしてくれた。お土産にその豆を持たしてくれた。焙煎した豆はそのまま寝かして三日目が一番美味しい。というヤマちゃんの言葉に従い、三日目から頂く。格別だ。一週間ほどは、自らも炙らせてもらった豆で淹れたコーヒーを堪能した。船形山に行き慣れた彼である、多少遅らせても問題あるまいと、あつかましくもその場でコーヒーを所望してみたところ、にこやかに応じてくれる。道路の脇に二人でどっかと腰を下ろし、コーヒーの準備に取り掛かる。といっても、私は彼の淹れるコーヒーを待つばかりだ。程なく、ヤマちゃんが淹れたコーヒーを二人で飲む。ウマい。ヤマちゃんの淹れるコーヒーはいつもウマい。コーヒーを啜りながら、山にまつわる会話を交わし、のんびりとした時間が過ぎていく。するとヤマちゃんがちょいちょいと山頂泊意欲が減じてきたのかと思う言葉を発する。「なんだかのんびりちゃって、山頂手前の升沢小屋で満足しそうな気がしてきました。」 とか 「もともと、日頃の疲れを癒せればいいと、のんびり歩いて楽しめればと思っていたのでいいんですけど。」 とかとか。コーヒーをせがんだのは私ではあるのだが、オイオイ大丈夫か、と案じてしまう。ところで私は、今日たまたま、新たに調達したフレンチプレスのコーヒーキットを持ってきていた。せっかくだから淹れてみようかと聞いてみる。是非ともということなので、お返しも兼ねて自分の持ってきた豆を挽いて、二人で二杯目のコーヒーを淹れる。フレンチプレスで淹れたコーヒーは、通のヤマちゃんにも好評であった。再び道路に腰を下ろして二杯目のコーヒーを啜っていた。

そうこうしていると、爆音とともに、レーサースーツを着込んだライダーが単車にまたがりやってきた。我々のすぐそばでUターン。私の背中側のすぐ後ろに停車した。そしてすぐさま追いかけるように後方から怒号が聞こえてきた。「おい!免許証出せ!何km出してたんだ!」  何事だ!?と、恐る恐る振り返って後ろを見る。二人の警官がパトカーから降りるなり、怒声とともにライダーに詰め寄ってきたのだ。実はこの旗坂までの県道は、見晴らしの良い山間を走れる気持ちのいい峠道で、天気の良い週末には、自転車や単車のツーリングの方が多く走っているところだ。大抵の人は、この風早峠をゴールとしている。峠道ということもあり単車やスポーツタイプの車を走らせる人の中には、かっ飛ばしてくる人もちらほらいて、道路にはタイヤ痕がよくみられる。その一台だったのだろうか。警官とライダーの大きな声でのやりとりは、私のすぐ後ろで行われている。振り向きたくはあったのだが、間近で振り向いて露骨に見るのもはばかれる。見たくはあるのだが、見ることができない。まあ、すぐ終わるだろうと、ここは阿吽の呼吸だ。大人の対応で、何事もないかのように二人でコーヒーを啜る。しかし、ふと山ちゃんの表情を見ると、全然気にしてませんよ、という表情と態度はとりながらも目が爛々としているではないか。やがて、警官とライダーの間の会話の雲行きが変わる。「捕まえられるもんなら捕まえてみろよ!証拠があるんならよー!」  なんだなんだ!? ライダー強気だ。ヤマちゃんの表情がさらに変わる。目を輝かせながら興味津々の表情である。私だって背中に目があるなら見たいぐらいだ。どうやら警察は速度取り締まりで張っていたのではなく、注意喚起のために出張っていただけだったようだ。よって速度超過の記録は無かったのだ。それを知ったライダーの態度が急変した訳である。

生の警察庁24時が、まさに、我々二人のそばの密着したところで始まろうとしていたのだ。これぞまさに密着の24時。不謹慎ながら、私の中にも妙な好奇心やら期待感が芽生え、ぐんぐん育ち始める。「せっかくの楽しい週末を台無しにしやがってよー、ふざけんな!!!」 「楽しいのはおめーだけだー!? 皆んな迷惑してんだ、苦情もいっぱい入ってんだー!?」 語尾があがり、警官にも訛りが混じってくる。そりゃそうだ。取り締まりはせず、敢えて注意喚起に留めているのにこの態度。警官もヒートアップするのも致し方無い。ライダーからは汚い言葉も飛び出し始める始末。やがてライダーは捨て台詞を残しながらバイクに跨ったようだ。「うっせーよ!ばーか!!」  出ちゃいました、ばーか! こんな状況で発せられるばーか!を聞くのは何十年ぶりだろうか? しかも警官に向かってだ。私の背中側のすぐそこでくりひろげられる怒鳴り合いにコーヒーを味わうどころではない。フレンチプレスで淹れたコーヒーなんぞより背中の24時の方がご馳走だ。ヤマちゃんは丁度正面で繰り広げられているのでまじまじと見つめている。こんちくしょう。実に羨ましいぞ。いや、そんなことを思ってはいけない。官民たる警察にこのような口をきける度胸など無い私には、ある意味ライダーの繰り出す数々の言葉に驚愕していた。直ぐそばで繰り広げられる熱い応酬に、ヒヤヒヤするやら、見たいやら、見てはいけないと思うやら。私自身も何ともいえない表情をしていたに違いない。やがて警官はさじを投げる。ライダーはバイクのエンジンを掛けると、これみよがしに爆音を唸らして下りていったのであった。ブオオオオオン、ブオン、ブワワワーン。散々な態度に出られてしまった警官もほどなくパトカーに乗り込み下りていった。あえて取り締まらず注意喚起としているのにこの態度。警官も大変だな、としみじみ思った。

我々は二杯目のコーヒーを飲み終え、粛々と片付けを始める。何となく目が合う。するとお互い、ニンマリと口元が緩む。(いや、すごかったですね。) (すごかったです。)と、口に出さずともニマニマしながらの目の会話。 一杯、二杯とコーヒーを飲み、のんびりと時間が過ぎ、そしてこのとどめ。目の前(私にとっては目の裏だったが)で繰り広げられた警察庁24時。ヤマちゃんと出会ってから既に小一時間は経過しようとしている。ヤマちゃんはというと、本日はご馳走様、お腹いっぱい、となったのか実に満足気な顔をしている。そして遂に出てきたこの言葉。「森に付いて行っていいですか?」 ヤマちゃんの山頂泊の予定は、2杯のコーヒーと、警察庁24時に飲み込まれてしまったのであった。これはもしや、お昼はご馳走にありつけるかも、という打算的な期待が膨らんだ私は、それを隠しながら快く応じたのは言うまでもない。

山頂泊予定で準備していたヤマちゃんである。ザックもでかく荷物も多い。そんな大荷物を担いで森の中を藪漕ぎする人もそうそういないのでちょっと面白い。車を少し進めた先で森に入る準備をしていると、案の定、お昼をご馳走してくれるということで、内心ガッツポーズ。つい先日に一人で見て回ったルートではあるが、もう一度それを辿るようにヤマちゃんを連れて行く。まず、見頃を迎えていた水芭蕉を見にいく。湿地帯も通るので長靴がベストなのであるが、ヤマちゃんは今日は登山靴しかない。靴を汚しながらも沼の端を通り抜け、沢沿いをあがってからイワウチワの群生地帯を越える。ヤマちゃんは重い荷物を背負い、えっちらおっちら付いてくる。昼過ぎに割山大滝に到着するといよいよランチとなった。その日の私はというと、昼は簡単にすませようと、カップラーメンしか用意していなかったのだが、泊まり予定でグルメなヤマちゃんは食材がたんまりある。俄然期待が膨らむ。一品目は、白菜とソーセージを使った蒸し料理。隠し具材の塩昆布と輪切り唐辛子が実にいい働きをしていた。二品目にオイスターのイワシ缶を具材に焼きそばナポリタン。この焼きそばを使ったパスタ。いったん茹でて水を捨てる必要がなくパスタとして味わえる。山では水は貴重、かつ、手間なく作れる。私が師事する森の師匠の写真家の先生の得意メニューでもある。焼きそば麺でパスタになるのかと思われるかもしれないがまったく遜色無く美味しいので試してみて欲しい。締めくくりには、残ったソーセージを少し入れたスープ。そしてコーヒーのフルコースである。心地良い滝の音を聞きながら、たっぷり1時間半。豪勢なランチをご馳走になったのであった。

褒められたものではないライダーの態度ではあったが、ライダーと警官が繰り広げたこのやりとりが豪華ランチにありつける決め手となったのだから感謝せねばなるまい。夕方に解散した時にふと気づいた。そういえば重い食材まで全部持ってもらっていた。ありがとうヤマちゃん。ありがとう警察庁24時。心労のたまったであろう警官のお二人にもコーヒーを差し出してあげればよかった。ところであの峠道、通行は少ないとはいえ、スピードの出し過ぎには気をつけましょう。

 

 

 

風早峠の水汲み場
風早峠の水汲み場

 

 

 

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