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この一枚。

この一枚の写真、森の時間、桜井先生の写真集。タイトルもその名のまま「森の時間」です。

 

この写真集を初めて見たのは去年の冬。あまりにもひどかった健康状態(メタボ)を改善すべく、かつ、体力づくり、そしてプライベートでも色々とあったため、心を入れ替えるためにも始めた時期です。門外漢がほぼ一人で手探りで始めた山ですので、季節柄もあり、大きな山に行かず、まず里山から。初めて登った笹倉山では、亀の石で大休止1時間、東屋では大大休止の2時間でした。

 

登った後の温泉が楽しみで、ふらりと寄ったちどり荘。そこにこの写真集はありました。

 

森の素晴らしさがビンビンと伝わってくる写真の数々、そして私が釘付けになったのはこの一枚だったのです。多分、派手派手しい風景写真の方が好まれることは多いと思うのですが、私はこれでした。写真というものは、もちろん知っていましたし、写真集というのもあるのはもちろん知っています。ただ、興味はありませんでした。所詮写真なんて、記録や思い出を残しておく道具、表現したいならば絵のほうがいい。写真とは当時そんな認識でした。

 

 

稜線の

樹は

風を

記憶しながら

天上に近づく

 

 

言われてみれば当たり前だと思うかもしれません。しかし、森と山の木は、今あるその姿になるまで幾度となく風を受け、それを記憶しながら今のその姿があるのです。そんな風に思いながら木々を見つめると木の人生を邂逅するかのごとく向き合うことができませんか? そしてこの冬の季節、風を記憶した木の、その姿だけを見つめることができるのです。人と同じなのです、人生が顔を作る。木もその樹生をその姿にあらわす。

 

木の姿、背景にある空の美しさ、そして、下の方の枝は、風を受けてぶれています。風を表現しているのです。

見上げる構図で、まさに木が天上に向かっていくその様を写し出しています。この詩に合わせてそれを表現しているのです。

 

 

衝撃でした。

 

 

この一枚を見ていて、目頭が熱くなってきました。写真はこんなにも表現したいメッセージを含ませて絵を作ることができるのかと。写真を見て初めての感動でした。

そして山に、冬の山に、森に、写真に傾倒していきました。

 

この写真を見たあとの感想は、「ずるい!」です。

 

 

同じものを見てるのに。こんな風に森羅万象、万物の姿を見ることができるのか。

私は、船形山域のあらゆる場所に行きたいとか、知りたいとか、挑戦したいとかいう山岳登山的な願望はまったくありません。

こういった森羅万象の姿を見る目を、感じる心が欲しい。それを写真にして表現することで見てほしいのです。

 

 

世界はこんなにも美しいのだと。

そんな風に見てもらえる写真を撮れるようになりたい。

 

 

その切っ掛けを作ってくれたのがこの一枚の写真です。

 

 

 

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