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藪こぎ

藪漕ぎ。文字のごとく、藪を漕ぐことである。山をやるようになると知ることになる用語である。英語ではこれといった見合った用語が無い。強いてあげれば “Bush Walk”(ブッシュウォーク)だろうか。しかし、使われ方としては単に自然の中を歩くというトレイルという用語に近い。たった3文字で全てを表現し、伝えることができているこの単語、日本語は時に素晴らしく便利である。

 

 

登山における藪漕ぎ

登山で藪漕ぎが強いられるのは、登山道整備があまり行われないようなルートや山となる。関東圏のよく整備されたエレガントな登山道に慣れている方から見ると、さもすれば獣道の如く藪化していることもある東北の山の登山道に絶句することもあるようだ。先日、船形山の升沢小屋に寄った時に、中にある思い出ノートをパラパラめくってみた。その中に、升沢コースをこれでもかと言うほどにこき下ろしている感想があった。苦笑。
 
登山道というのは実際には公共の公道である。その公共の場所はやはり整備している人がいるから成り立っているのであって、いろいろな形態がある。文字通り公に予算が付き、委託されて整備されているケース。地元山岳会や有志や個人で整備されているケース。などなど。公共の場、小屋、道なのであるから、そこを利用させていただいている、そこを管理している人がいるということは常に心にとめておきたいものである。ところで、せっかく升沢小屋に来たので私も一枚、自慢のクマプーの絵を残しておいた。
 
ちなみに、登山における東北一の藪漕ぎ名人といえば、いつも勉強させて頂いている岳人、SONEさんだと思っている。よく車窓から見える小さな特徴のある山を見ると、あれなんて山だろうねー、という会話になる。あれはSONEさんしか登れない山だよといって全て片付けている(笑)
 
下は、本州最東端の山とされる根滝山を登った時だがここはひどかった。登山口みつからず尾根までの急登密藪を突き進んだが、実はその手前からひどい。背丈ぐらいの野いちごと山椒の棘でチクチク。尾根にあがってからは快適な、アカマツが左右に開かれた街道のような痩せ尾根となっていてちょっと見ものの里山である。体力のある方はトド山も一緒に素敵な沿岸里山を楽しめること請け合いである。

 


根滝山。左にロープのルートがあるが下から見ていると分からない。そして実はずっと手前の南の方に別の登山口もあったらしい。

ところでこの頃の写真見ると下手くそだった!空は白飛びで明るすぎ。緑の色おかしい。

 

 

登山道を離れる藪漕ぎ

またもう1つ、登山道をわざわざ離れて歩く人々がいる。尾根の向こうに鳥海湖が見えるはずだ。よし行ってみよう。わざわざ鳥海山くんだりまで来て、未だ登頂すらしたこともないのに山頂にもあがらず、藪を漕ぎに行く。そんなことをするから、船形山の主のような人にまで、「くまぷーさん変態ですね」とか言われてしまうのである。変人ではなく、素直に変態と言ってくる人は信頼が置けるものである。
 

 
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鳥海山、大雪渓手前。

 

この尾根を越えるあたりから植生が変わり、背丈ぐらいの猛烈なハイマツの密藪であった。空中戦で突き進みたいところだったが一人でも無かったので断念。尾根に何故かある変わった水たまりを発見したけれど、鳥海湖が見えるところまでは行けず。またここの尾根行こうよ!と、山友を説得中である。ただ、こういった事も、花が最盛期な時期や、人が多い時、植生保護が厳しく行われているところではやはりやるべきではない。

 

インターネットの藪漕ぎ

ブログも、インターネットという公共の場において雑文を書く場所である。誰でも見ることができる。言論の自由はあれど、あまりにも好き放題していると痛い目に合うこともある。私はパソ通の時代からインターネットが始まる頃は大学にて、と、ネットの世界とは長い間お付き合いがある。7歳でパソコンを手にし(5年に渡るお手伝い借金をし)、ゲームプログラミングを覚えてゲームを投稿したりしつつ、デジタルの森にハマった。その後、野山の森にはまって、PCを少し離れた。高校生ぐらいの頃にパソコン通信が登場した時に、再び今度は、ネットの森に入り込んだ。いわば、インターネットという森を歩いてきたといっても過言ではない。

然るに、身をもっていろいろ学んで来てはいるが、ここまで世間に普及したとなると、インターネットリテラシーの重要度が増して来ている。簡単に言えば、インターネットというメディアの知識と利用の仕方についてなのだが、行政や教育は社会情勢のあまりの変化の速さに追いつくことが出来ない。インターネットの登場により、誰でも言葉を世界に向けて発することが可能となった。紙や文字、そして印刷技術の登場に匹敵する革新である。今、私達の世代は、気づかずにそういう革新の真っ只中にいる幸運な世代なのです。文章、感想、言論、写真、音楽、絵、ありとあらゆる表現物を不特定多数の人に向け、ほとんどコストもかけず発信できるというのは、歴史を振り返るときが来れば大きな大きな大きな分水嶺となっているはずです。

今、私たちは、インターネットという溢れる情報の中、情報の森の藪を漕いでいる。見るだけの人もいれば、発信する人もいる。言論は自由なんだから何書いてもいいじゃん、どんな写真載っけてもいいじゃん、とか思っていると危ない。そこに合わさって、自己顕示欲の渦に飲まれたりすると危険である。度々ニュースにも出てしまう自体が起こったりする。ツイッターやフェイスブックのあまりにも行き過ぎた投稿や行為が生じたりしてしまうのである。

また、見る人もあまり気分の良くないこととか、批判めいたこととかは、ブログという場ではあまり書きたくはないのですが、一つだけ。先日、公共の場における船形山山頂小屋において、某ツアー泊とバッティングしたためか、船形山の避難小屋にしては珍しく大所帯になったそうです。しかし、先着していたのが譲り合う寛容さが無い方だったようで、場所が足りないにも関わらず一向に場所を譲らず、自分の所有物かのごとく広く専有。なんとも悲しいことだ。先程の思い出ノートもそうですが、批評ならともかく、批判などは見たい人なんかいない。人によっては忙しい中に時間を作り、汗水したたらせ苦労して山を登り、楽しい思いをしにきているのだから。公共の場、道を使っている以上はその事は忘れてはならない。何でも自分の好きなように行動したいのであれば、極力公共の場や道を使わずに山を愉しめばいいだけだ。そういった方法は存在しているのだから。

 

森の藪漕ぎ

森歩きにおける藪漕ぎは、登山道の藪漕ぎとはこれまた異なり、もはやそれが通常の歩行手段となる場合も多い。ブッシュウォークという言葉がしっくりとくる。といっても樹木や草が猛烈に濃い森はとてもではないが楽しくは歩けない。森歩きをする時は、何か目的地があって進む登山とは違い、自然を楽しみに来ているのであるからそんな場所を敢えて選ぶことは無い。森歩きを楽しめるところを歩くのだから緩い藪漕ぎだ。たまにきついけどね(笑)

 

 

2 件のコメントがあります。

  1. こんばんは。
    レンズロス症候群で凹んでおります。

    藪こぎ、トラウマなんですよ。私。
    船形連峰、加美町側に夕日沢という鳴瀬川の源流域で渓流釣りしていた時、暗黙の掟を破って早朝から入渓していた私の上流にズケズケ入る輩。
    相手はこちらを認識していたはず。
    私も意地になり、いったん川筋を離れ高巻きして相手の上流に向かうべく藪こぎ開始。

    すると猛烈な千島笹と棘とツルのゴールデンコラボ。
    その頃地図を読むこともGPSもなく、約3時間ほど彷徨う。
    マジで焦る体験でした。
    何となく地形は把握していながらも、実際の藪密度の濃さに方向を見失っていたのです。

    以来、地形図と現在位置に拘るようになりました。

  2. こんばんは!

    レンズ、見つかるといいですが、あまり期待はしてないほうがいいかもですね。凹む気持ち本当によくわかります。お互い、きっといいことがそのうちあると思って前向きになりましょう!すぐには切り替え難しいのはさらによくわかります(笑)

    森で現在地ロスト。確かにそうなんですよねえ。私も時折発生しています。結構焦りますよね。特に藪が濃いと地形なんて見えないし!現在地ロストは発生していますが、迷う度に、ちょっとずつ自分の庭が増えていっているので、地道な積み重ねで桜井巨匠のように縦横無尽に歩けるようになれるかなあと、日々鍛錬。先生、GPSも何も使わないで全て掌握していますからね。かないません。

    手作り自分地図を作りつつ、その場の地形や雰囲気を覚えていっている日々です。

    でも桜井先生。最近、いいところを前みたいに教えてくれません。お前は教えると一人で行っちゃうからなー!

    ですって!いけず!(笑)

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