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母ブナ

 

升沢の森をぶらり一人歩きするつもりで向かったのですが、桜井先生と偶然というか必然というかばったり。今日は参加者少なく、森歩きは中止になったようで、オフの森に来られていたようでした。先生と二人で森遊び。ちなみに未だ私は、森の時間にまともに行ったことがないのですが、3回か4回ぐらいはぶらりと乱入しています。森は週に一回は一人で探検気味に散策したいのと、一人で歩かないとどうしたって覚えないのですよね。迷わないと覚えない。いつまでも歩けない。ような気がする。

 

今日は、桜井先生と、森を縦断横断。

 

樹齢400年を超える船形山域の母ブナと先生が呼ぶブナにも出会い、キノコも取り、木の実も取り、写真も撮り、珈琲も淹れ、これ以上無いぐらい満喫しました。
 

 

 
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森を往く。

 

 

 

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私も一人で、しょっちゅう写真撮ったりぶらぶら違う方へ行ったり。何度もはぐれたりしつつ。はぐれると指笛を鳴らし合流。

 

 

 

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母ブナ。信長や家康がいた頃に種から芽を出したであろうブナ。船形山域の母なるブナ。先生の写真集にあった、「むかしむかし、一粒の小さな種でした」(だったっけな)、あの写真の木だろうか。平均樹齢300年と言われるブナ。それを遥かに越えている。もう樹皮にはコシカケのキノコやいろんなものが纏わりつき、長くはないのだろうか。もう、余命を越えているのかもしれない。私の生きているうちにもしかすると逝くのだろうか。人の世で言えば、戦国時代、維新の時代、近代戦争の時代、高度成長期の時代、人の世界は移ろいあれど、森にはそんなことはさして関係ない。ずっとここにあり、森とともに生きてきた木。見惚れるというより、何だか厳かな気持ちになり、しばし見つめました。

 

写真を見た知り合いよりこんなメッセージを頂きました。

母ブナ
その役割を終えて
静かにたたずんでいるのかなぁ

老いた姿をみせるのも
心配かけたり、面倒かけたりするのも、親の役割のような気がする。

私、それを経てやっと父親との別れを納得できたからさ

最後の勇姿なのかな

 

何であれ、見るもの、見た物、そこから人が感じる、思う気持ちは皆違う。そこには人生があり、哲学がある。

そういったものを写真に落とし込んで行けるようになりたい。写真はテクニカルなことは誰でもいつかは身につくものだ。しかし、表現したいものがあるか、表現できるかは簡単なことではない。

遠い道のりだ。

 

 

 

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こちらも大きい。左下のちっちゃいの先生。

 

 

 

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丘を越え、森を抜けていくと見たことのある沼に出くわした。既に先生とはぐれている(笑)

 

 

 

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この辺りも紅葉始まりましたね。今年は随分遅いそうです。キノコの出かたも何かおかしいらしい。
 

 

 
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紅葉クローバー。

 

 

 

 

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日中から光を発していそうなぐらい白く輝く月夜茸。

 

 

 

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紫式部の紫が美しかった。森の宝石だ。

 

 

 

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収穫した木の実。熟していませんでしたが好きな実でした。美味しい。ヤドリギ。小さい時によく裏山探検していた。当時何も知らないガキンチョでしたので目に付く木の実は何でも食べていた。とんでもないガキンチョだ(笑)よく死ななかったものだ。当時、将監にいたのですが、今では信じられませんが、その周囲は全て森と山だったのです。一人でしょっちゅう入っていた。友達と探検して、底なし沼であわや沈みかけたこともあった。スズメバチの巣を長い棒でいたずらして落したこともあった。山に世捨て人のように住んでいた人の小屋に侵入し、見つかり、追いかけられたこともあった。熊と対峙したこともあった。その後、30余年、電脳の森(・_・)の世界に入り、仕事を除くと、自然とは遠ざかっていた。ちなみに電脳世界の生物を2000種類ぐらい手間暇かけてコレクションしています。電脳爆発したことがあります。

 

 

 

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先生にお昼を作って頂いたサプライズ!毎度毎度の淹れたてコーヒーのご褒美(と思っておく)。14時過ぎの遅いお昼食べた後にも日暮れ近づくまでキノコ探しに付いていき、ムキタケ結構取れた。ところで、クリタケにまだ出会っていない。晩秋がまだ来ぬうちに、あっという間に過ぎて行きそうな気配ですが、見つかるかな。

 

この森ルート素敵だ。今度また来てみよう。

 

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